「今日は、同級生二人でご飯でも行くんですか。」 すまいるネット、木曜日の営業終了後に坂本部長が僕と小金くんに掛けた言葉だ。 小金君と僕は一九九四年生まれで同い年だから、なんとなく訊いてみたんだと思う。 その日は仕事終わりにご飯に行こうとか、買い物をしようとか、そんなことは 全く考えていなかったし、そもそも彼よりもおよそ一年半早く入社していた 僕にとっては同級生という認識すらも薄かったので、僕は質問に応じることができず 咄嗟に「なるほど」とだけ返した。 これは、決して小金くんとのコミュニケーションが物憂さだったわけではなく、 むしろ「その手があったか」という素直な感想によるものだ。 それから一〇分ほど経って、退社後に小金くんと二人で井の頭線の改札を目指していたが、 先刻の会話を思い出し「晩御飯でも食べにいきますか。」と所在無げに尋ねてみた。 すると「いいですよ、どちらでも。」とこれまた所在無げな言葉が跳ね返ってきた。
こんにちは!すまいるネット技術部の山下です。
なにやら意味深な書き出しをしてみましたが、
先週の木曜日に同い年の小金さんと仕事終わりにご飯を食べに行きました
井の頭ユーザーの僕は、よく下北沢でお買い物などするのですが
じつはこの下北沢、カレーの激戦区としても有名なんです。
そんなわけで、この機会にと前々から気になっていた
“46ma”というお店に行きました
これで”しろくま”って読みます。お洒落ですね(笑)
下北沢カレー王座決定戦の第一回・第二回と二連覇を果たしたすごいお店です( *´艸`)
カウンターが数席とラウンジ席の構成がお洒落な店内。
じつはこちら、カレー屋さんではなく、カレーがウリのBarなんです!
じつはちょっとそこで面白い出会いがあったので、
もう少しだけ小説調でお付き合いください!
ネットで見て以来気になっていたその店がどこにあるのかは知らなかったが、 地図に従ってたどり着いたそこは僕のよく知る場所だった。 ・ ・ ・ —— 二年前、ちょうど今くらいの季節。休日の真昼から僕は陽気な酔っ払いに絡まれた。 いや、絡まれたと言ってしまうとそこまで物騒な話でもないような気がするが、 替わる表現が見つかるわけでもないので、やはりそれは絡まれたということなのだろう。 古着を着て買い食いをする若者の往来と、ライブハウスから漏れる音が混ざり合う商業地。 そこから少し外れた、茶沢通りへと抜ける路地のさらに横道に二つの店が出ている場所があった。 鮮やかな景色が歩くほどに閑静な住宅街へと変わっていくのを名残惜しむように 下北沢の端にドミトンとして存在するその空間には常に誰かがいて、 通りがかり横目に見ると、騒がしいわけではないが、いつも一定の賑わいを保っていた。 普段は通り過ぎるだけだったそこで足を止め、何となく横道のドミトンへ足を踏み入れたのは きっとそのとき僕の機嫌が良かったからで、だから彼らも声をかけたのかもしれない。 なんにせよ、これまでもずっとそこに立っていたであろう 『下北沢の不思議なお店!何屋さんでしょう?』というような煽り文句が書かれた看板に 僕はその日初めて気がつき、「何屋さんなんだろう。」と思惑通りの疑問を持ったのだ。 手前の店はなにやらバーのようで、 (今になって思えばこのバーが『46ma』だったのだが)当時は閉まっていたと思う。 奥の、バーの斜向かいにあった店こそが件の場所だ。骨董屋であろうか。 建物の一階が店舗となっているようだったが、そこにはドアどころか壁もなく 店舗というよりも露店と呼んだ方がしっくりくる様相だった。 雑多な店内にはどこから仕入れたのか皆目見当もつかない不気味な民族調の置物や バラバラになったアクセサリーのパーツ、金色のメッキがところどころ剥げた ベルトのバックルなどが陳列なんて言葉とは程遠い状態で数多く置いてあった。 先ほど述べた通り一角にある商業施設は斜向かいのバーと不気味なその店のみで 一般の住居に挟まれてそんな店が存在していること自体が異様だったのだが、 それ以上に異様だったのは、やはりその空間を作り出した人物だ。 ヒッピーがいたのだ。 西暦二〇一五年の東京都世田谷区には不適切な存在だが、その店にはヒッピーがいた。 イエスのようなパーマのかかった長髪にヘアバンドを巻き、ペルシャ絨毯のような柄の 服を身にまとった背の高い男は、街のごくごく一部ではあるが、自身の国家を形成していた。 人の気配に気がついた男は、雑多な店内からひょっこりと身を乗り出した。 それから高揚感と少しの不安が入り混じった僕の顔を少し眺めてからにっこりと笑って 「ここは、世界中の不思議な雑貨が集まるお店でーす!」と言った。 顔は赤くだいぶ酒を飲んでいるようだったが、その台詞ははっきりとした口調だった。 新しい顔が見えるたびにこうして立て看板の答え合わせをしていたのであろう。 店にはヒッピーの店主を含めて三人の男がいて、残る二人は店先に広げたアウトドアチェアーに だらしなく体を預けながらビールを煽っていた。たしか、スーパードライだったと思う。 そのうちの一人が「あー、迷い込んできちゃったかー」と言って、 もう一人はけらけらと笑いながらビニール袋から取り出したビールを飲んでいた。 二つあるビニール袋の一方は空き缶で満たされている。 休日の昼下がりにはおよそ似つかわしくない終電のような空気が流れていて 僕も少しおかしくなっていたんだろう、差し出されるままに温くなったビールを開け、 ドミトンの住人として組み込まれてしまった。 「大丈夫!お兄さんにも似合うのあるから!」と髑髏やキリストのアクセサリーを 次々と試着させられ自身の総重量が一キログラムほど増えたり、恋人がいないことを理由に 性的嗜好を疑われたり、「お兄さん本当にかっこいいね、俺いけるかもしれない」と囁かれたり 初対面にも拘らず、(初対面だからこそかもしれないが)僕の精神的なテリトリーは その日めちゃくちゃに侵略された。なにより不思議と悪い気はしなかったことが悔しく思えた。 ・ ・ ・ —— そういえばそんなことがあったな、と二年前の記憶に思いを馳せながらカレーを頬張っていた。 隣で嬉しそうにスプーンを動かす小金君は、もちろん僕のノスタルジーを知らない。 『46ma』の斜め向かいのあの店はなくなっていた。今はシャッターが閉まっている。 あの時一〇〇〇円で買った鷹の紋章がデザインされた指輪は気に入っていたが、 それから半年もしないうちに無くしてしまった。 カウンター席の頭上に設置されたテレビからはニュースが流れていた。女子ゴルフの宮里藍が 引退発表をしてからの試合で貫録のプレーを見せつけた、というものだ。 カレーの美味しさが余計に寂しく思えて、カウンターに立っていた長髪の店員さんに 麦茶のお代わりを貰いながら 「そういえば、向かいになんかよくわからない、雑貨屋さん?ありましたよね。」なんて とぼけた調子で話しかけてみた。 すると、 「ああ、僕そこの客でしたよ。よく昼間から店先で飲んだくれてました。」 まさかだった。その後掘り下げていくと、彼は二年前アウトドアチェアーに腰かけていた男のうちの一人で、 名前は三枝といって、当時はパパラッチとして毎日スキャンダルを追いかけていて、タクシーに乗り込みながら 「前の車を追ってくれ」なんてフィクションを地でいっちゃう男だということが分かった。 僕はあまりの展開にたじろぎ、カウンターにはあの日と同じ終電のような空気が流れ始めた。 「あの、お久しぶりです。」 「お久しぶりです、ぜひまた来て下さい。」 訊けば、あのヒッピーな店主はいま井の頭公園で店をやっているらしい。 下北沢よりもいくらか儲かるそうだ。